岡山地方裁判所津山支部 昭和63年(ワ)106号 判決 1990年6月27日
原告(旧反訴原告)
木原実
被告(旧反訴被告)
中野正二郎
ほか一名
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告らは、原告に対し、各自、金六七六万〇一一八円及びこれに対する昭和六二年一一月一二日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 被告ら
主文と同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という)
(一) 日時 昭和六二年一一月一二日午後四時一五分ころ
(二) 場所 兵庫県飾磨郡葛前町宮置三五五番地の一先
(三) 当事者 被告中野正二郎(大型貨物自動車(トレーラー)運転)
水谷保(大型乗用自動車(神姫バス)運転)
原告(水谷保運転バス乗車)
(四) 事故態様 被告中野運転車両が、対向車との離合のため停車した水谷運転車両に追突した。
2 原告の受傷と治療(ただし、昭和六三年五月二九日現在)
(一) 原告は、本件事故により頭頸部捻挫の傷害を受けた。
(二) 原告は、右傷害のため、昭和六二年一一月一二日から昭和六三年五月二九日までの二〇〇日間に、実日数一四〇日間、福井病院に入院し、治療を受けた。
3 責任原因
(一) 被告中野
本件事故は、被告中野の前方不注視の過失により生じたものである。
(二) 被告会社
被告会社は、前記被告中野運転車両の運行供用者である。
4 原告の損害
本件事故による原告の損害は、次のとおり六七六万〇一一八円となる。
(一) 治療費 二〇四万〇七四六円
(二) 入院雑費 一四万円
一日一〇〇〇円、一四〇日間
(三) 休業損害 二二七万九三七二円
四一歳の男子の平均月収三九万一七〇〇円の一七七日分
(四) 慰藉料 一八〇万円
(五) 弁護士費用 五〇万円
5 よつて、原告は、被告らに対し、各自、本件事故による前記原告の損害金六七六万〇一一八円と、これに対する本件事故の日である昭和六二年一一月一二日から完済まで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うよう求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2のうち、原告の受傷の事実ないし本件事故との因果関係を否認する。
本件事故は、被告中野が時速約四〇キロメートルで進行中、約一五・二メートル手前で停車中のバスに気付き、急ブレーキをかけたが間に合わずに生じたものであり、追突時の同被告車両の速度は最大限でも時速六・九二キロメートル、これによりバスに生じた加速度は約一・一三G、原告の頸部に生じた負荷力も約六〇・九ニユートンに過ぎなかつたものである。右程度の追突により、原告の頸部に生理的限界を越える過屈曲、過伸展が生ずることはない。
また、原告は、昭和六一年一一月三〇日に発生した交通事故により、加療期間七か月半(入院四か月)に及ぶ頸部捻挫等の傷害を受け、昭和六二年七月一四日の症状固定期において長期にわたる頭痛、耳鳴等の症状が残るとして、自倍責保険後遺症一四級一〇号の認定を受けている。原告主張の症状があるとしても、これは右事故の後遺症であり、本件事故との因果関係は存在しない。
3 同3の(一)、(二)の事実は認める。
4 同4は争う。
なお、原告は暴力団の準構成員として組事務所に出入りし、家業の焼き肉店も事実上妻が営んでいるものであつて、休業損害は発生しない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるから引用する。
理由
第一 請求原因1の事実(本件事故の発生)は、当事者間に争いがない。
第二 本件事故による原告の受傷について検討する。
一 成立に争いのない甲第一九、二〇号証、乙第八、九、一一号証、証人福井靖郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当日、福井医院で頸部捻挫との診断を受け、翌一三日から翌昭和六三年五月二九日まで、同医院で入院治療を受けた(ただし、その間後記の訪韓、勾留及び外出、外泊がある)との事実を認めることができる。
二 しかし、他方、成立に争いのない甲第一二、第一四ないし第一八号証、第二八号証、前記甲第一九、二〇号証、原本の存在とその成立に争いのない甲第二一号証の一、二、第二二号証、証人大慈彌雅弘の証言とこれにより真正に成立したと認められる甲第八号証、朝日生命保険相互会社、千代田生命保険相互会社に対する調査嘱託の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
1 原告は、本件事故前の昭和六一年一一月三〇日、同乗車両の側面衝突により、頸部捻挫等の傷害を負つたとして、加療約七か月半、うち入院治療約四か月の治療を受け、昭和六二年七月一四日、症状固定するも、頭痛、耳鳴り、両肩こり、右背部、右上肢しびれ感等の後遺症が長期にわたつて残るとして、自賠責一四級一〇号の認定を受けている。
2 本件事故による両車両の変形程度からすると、本件事故時、被告中野運転車両の追突によつて原告乗車のバスに生じた衝撃加速度は約一・一三G、原告の頸部に負荷された力は約六〇・九ニユートンと推定されるところ、通常右の程度の衝撃、負荷によつては、原告の頸部に傷害が生ずるとは考えられない(急ブレーキ時に生ずる加速度は〇・九G、遊園地のループコースター等の加速度は三ないし六G程度であり、一般男性の頸部筋力は一五〇ニユートンに達する)。
3 本件事故後の原告の訴える自覚症状は、頸部、後頭部の痛み、嘔吐感、左前胸部痛等であり、特段の他覚所見はなく、右自覚症状は、以後も継続しているというところ、これは前記昭和六一年の受傷による後遺症状と同類のものである。
4 原告は、本件事故の翌日以降福井医院に入院したが、同医院での療養態様をみると、昭和六二年一一月一三日の入院後間もない同月一五日の外出を初めとして、異常に外出、外泊が多い。すなわち、原告は、入院期間中の同年一一月三〇日から一二月五日まで、及び翌昭和六二年三月二四日から三月三〇日まで、韓国に出かけており(針治療のためという)、同年四月一三日から五月二日ころまでの間は常習賭博罪により逮捕、勾留されたが、右各期間を除いてみても、昭和六一年一一月に外出、外泊六回、一二月には同一〇回を数え、翌昭和六三年一月から退院した同月二九日までの間は、常時外出、外泊のない日の方が少ないという状態にあつた。
5 なお、原告は、朝日生命、千代田生命の両保険相互会社と、災害入院時には合計日額三万円の給付を受給できる保険契約を締結しており、本件事故による入院給付として合計三六〇万円余を受領している。
以上の事実を認めることができ、右認定事実によれば、前記一認定の事実はあるものの、本件事故により、原告に真実その主張するごとき頸部捻挫の傷害が生じたとはにわかに肯認することができないというべきである。
三 もつとも、前記二の2の認定事実はあくまでも一般論であるし、成立に争いのない乙第四、第六号証、甲第二五号証によれば、本件事故により、原告の他原告乗車バスの運転手及び他乗客一名が打撲等の病状を訴えており、右運転手は頸椎捻挫の診断によつて昭和六二年一一月一三日から一二月七日までの間に五日の通院治療を受けていると認められ、また、原告には前記昭和六一年の受傷による後遺症が存したから、これが本件事故により増悪した可能性もにわかに否定できないとも思われる。
しかし、成立に争いのない乙第五号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、バスの最後部座席に座つて後を向いており、被告中野運転車両が追突してくる経過をずつと現認していたと認められるから、全く予想外の急激な衝撃を受けたというものではなく、右事実に、前記二の2、3、4認定の事実を総合すれば、やはり本件事故により原告に頸部捻挫の傷害が生じたとは認め難いといわなければならない。原告は、身体を九〇度くらい捻つていたため、衝撃は大きくなかつたものの、右顔面に電気が走つたようなシヨツクを受け、事故翌日入院時には激痛を覚え、入院後も右痛みは増大していつたと供述するが、前記二の4で認定した福井医院入院時の度重なる外泊、外出状況に照らせば、原告の右供述はにわかに信用できない。
また、仮に、程度はさておき、原告に主張のごとき自覚症状が真実あつたとしても、前記二認定の各事実によれば、それは専ら原告の心因性のものである可能性が高いと推認でき、本件事故との相当因果関係があるともにわかに認め難い。
他に、本件事故により原告に主張のごとき頸部捻挫の傷害を生じたと認めるに足りるだけの証拠はない。
第三 以上の次第であるから、その余の点につきみるまでもなく、原告の請求は失当である。
よつて、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 小島正夫)